卒業式の前日、高3の教室で最後の掃除をしているところをのぞいたら、樹山さんに「明日のお話、期待していますよ!」と言われました。私は「もちろん期待していてね」と答えました。
この会話は樹山さんがふざけたり、本気でプレッシャーをかけたりしているのではなく、また私も傲慢に自信過剰になっているわけでもありません。彼女に代表されるように、愛徳生は、相手が大人であっても素直な気持ちをまっすぐに伝えてくれるし、欲しいものは正直に求めてくるのです。それは決して、お金で買えるような物質的なものではなく、「心」そのものなのです。私は今回の卒業式でこの「心」を伝えようと準備をしてきました。ですから、樹山さんの言葉はまさに「待っていました」と言わんばかりの言葉でした。
卒業式でも触れましたが、2学期のある日、人懐こい62回生の数人が校長室前で話していたときのことです。この時、山口さんは1年前の61回生の先輩の聖堂訪問の時の私の話を載せた「校長ブログ」に感動したと言ってくれました。それは「先輩たち一人ひとりに言葉のプレゼントをしてすごい」という感想でした。そしてそのあと少し遠慮がちに「私たちにもしてほしかった」とそっとつぶやいたのです。私の卒業式の式辞は、この山口さんたちとの他愛もない会話で決まったといっても過言ではありません。ただ、卒業式は聖堂訪問のように10分で終わらないといけないものではありませんので、その分私の思いをより多く伝えることができたのではないかと思います。
そしてもう一つ。式の後、高2の松下さんは「校長先生、来年は私にもあれをお願いしますよ」と言って、笑顔で帰っていったのです。今から1年後のリクエストをされるなど大変なことになってきましたが、それもまた嬉しいことです。来年の卒業式の前に、私がどんな気持ちになっているかは見当もつきませんが、これから愛徳生と過ごす毎日の愛徳ライフで、きっとまた多くの発見や喜びがあるのでしょう。
62回生は元気に巣立ってゆきました。愛徳学園での生活は「卒業」しても、次はそれぞれの選んだ道に「入学」し、また多くの出会いとたくさんの感動体験をすることでしょう。そしてやがて皆さんは、愛徳学園で身につけた「自ら考え、人に奉仕する」人材となってくれるでしょう。ですから、皆さんが卒業するということは、少しの寂しさがあっても、それ以上に大きな喜びなのです。胸を張って自分の進むべき道を歩んでくださいね。
愛徳学園に残る私たちは、また、新しい後輩たちが愛徳学園にやってくる準備を始めます。希望をもって入学してくる愛徳生たちに、62回生が残してくれたものを伝統として引き継いでいけたらこれほど嬉しいことはありません。皆さんが残してくれた、「団結力」「誠実さ」「努力」「想像力」「勇気」……何よりも前向きにがんばるという「心」を、4月にやってくる新入生たちに伝える日が今から待ち遠しいです。(校長 松浦直樹)

